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東京家庭裁判所 平成11年(少ハ)400026号 決定

本人 T・J(昭和53.10.2生)

主文

本人を平成12年7月19日まで中等少年院に継続して収容する。

理由

(申請の要旨)

本人は、平成10年1月20日東京家庭裁判所において中等少年院送致決定を受け、同月23日神家川医療少年院に収容され、その後少年院法11条1項ただし書による収容継続決定を受けたが、同年9月7日小田原少年院に移送となり、平成11年1月8日東京家庭裁判所において同年11月19日までの収容継続決定を受けた後、さらに同年5月14日久里浜少年院に移送となった者であって、同年11月19日をもって収容期間が満了となる。

本人については、所定の出院準備期間を経て平成12年1月上旬に仮退院が見込まれ、出院後の生活の安定のためには約6.5か月間の保護観察が必要と考えられることから、平成11年11月20日から平成12年7月19日まで合計8か月間の収容継続の決定を求める。

(当裁判所の判断)

本人は、平成10年1月20日東京家庭裁判所において中等少年院送致決定を受け、同月23日神奈川医療少年院に入院したものであるが、非行事実は、通行人に対して、肩がぶつかったという些細なことで因縁をつけ、暴行を加えた上、金員を脅し取ろうとしたという恐喝未遂事件であり、長期間の処遇を念頭に置いた決定であった。

神奈川医療少年院では、円滑な対人関係の持ち方や自律心、責任感の涵養を目標に、約12か月間の処遇計画を立て、矯正教育を進めたが、他の生徒に対する粗暴な言動により、3度の謹慎処分を受けた末、同年9月7日、粗暴性矯正のため小田原少年院に移送となった。そして、平成11年1月8日、当庁の収容継続決定を受けて同院において矯正教育が進められたが、本人の感情統制力の弱さや粗暴な行動傾向はなかなか改まらず、その後も職員に対する暴言や指導無視、他の生徒に対する暴力、わいせつ行為、いやがらせ等が続いたため、本人の著しい性格の偏りや反社会的な行動傾向を改善するために、同年5月14日久里浜少年院に移送となった。

久里浜少年院においては、感情的にならず冷静に物事に対処する構えを身に付けさせる、適切な対人関係の持ち方を学ばせ、独りよがりな見方や考え方を改めさせる、現実的・具体的な生活設計を立てさせ、正業に就き、健全な社会生活を送る決意を固めさせることを目標に、約7.5か月間の処遇計画が立てられた。本人は、同少年院においては、途中生活態度不良を理由に注意処分を受けることもあったものの、個室に入っていることもあって、比較的落ち着いた生活を送っており、同年10月1日に1級上に進級し、現在出院準備教育期間にある。本人については、実母は死亡しており、実父も行方不明であって、帰住先は更生保護会しか考えられない状態であるが、具体的には未だ定まっていない。

以上の経過等からすると、本人については、すでに当初の中等少年院送致決定から1年9か月以上が経過しているものの、久里浜少年院移送後に立てられた処遇計画を短縮すべきほどの成果が上がっているとまではいえず、このまま良好に推移したとしても、教育過程の全部を修了するには平成12年1月上旬ころまではかかる見込みである。また、帰住先としては更生保護会が予定されるものの、前回の少年院仮退院の際には仮退院後更生保護会に向かう途中で逃走した上今回の事件に至ったことがことがあり、果たして今回も直ちに落ち着くことができるか心配なところもあること、仕事は決まっておらず、対人関係の持ち方に問題がある本人の性格等からすると、本人が出院後安定した生活を送るには、なお相当期間の保護監督機関の指導援助を受けさせることが不可欠であると考えられ、その期間は少なくとも6.5か月間は必要である。

したがって、本人の犯罪的傾向は未だ矯正されたものということはできず、また仮退院後の保護観察を必要とする事情も存在し、平成11年11月20日以降8か月間の収容が必要と考えられるから、申請どおり、本人を平成12年7月19日まで継続して収容するのが相当である。

よって、少年院法11条4項、少年審判規則55条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡健太郎)

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